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2018年5月26日土曜日

千葉市で相馬野馬追?千葉常胤、生誕900年イベントに行ってきました。

千葉常胤、生誕900年イベントに行ってきました。
相馬野馬追。福島県の相馬からわざわざ馬を連れてきたそうです。

「相馬より馳せ参じ候」的な事を言ってました笑

千葉氏縁の自治体の首長さん達も集合。

しんがりは千葉市の熊谷市長。本当に殿っぽいね笑

千葉常胤と言えば、源頼朝を助け、現在の千葉県を中心に千葉氏繁栄の礎を築いた重要な人物です。

しかし、そこに何故、福島県の相馬野馬追?と思ったら、常胤の次男が相馬氏を名乗り、相馬地方を治めていたんですね。

確かに、相馬氏の子孫は代々、「胤」の字を受け継いています。

(残念ながら、現在の当主?の相馬行胤さんは、原発事故の影響で、広島県に移住されたようです。それでもやはり殿?ですかね。家臣?の家族も受け入れて酪農で暮らしていけるよう努力されているようですが。)

千葉と福島にこういう繋がりがあるとは、初めて知りました。

僕も何となく千葉にやって来た訳だけど、何か繋がりを作れたら良いなと思いました。

2017年11月14日火曜日

【震災文学】東日本大震災の被災者が避難生活の6年を振り返る自伝的小説を書いたのだがどこに持って行って良いかわからないので募集します。【震災後文学】

という訳で、タイトルの通りです(笑)

東日本大震災から6年が経ち、追いかけていた事件もある程度の区切りを見せたことから、自分自身、震災後の6年とは何だったのかを振り返り、理解し、そして後世の為に記したいと思い、小説を執筆しました。

小説の執筆は初めてでしたが、約5ヶ月をかけ、約12万文字、原稿用紙約380枚の作品が完成しました。

それで、本当は今すぐ出版して、皆に読んでもらいたい所なのですが、

出版業界のルールが全くわからない

ので困っております(笑)

とりあえず、以前、別な内容の物を本にしたいと思い、色々と出版社を当たったものの、どこにも相手にされなかったという経緯があり、無名の者が幾ら本を出したいと言っても難しい。仮に出版出来たとしても、それは、自費出版を勧められ、金だけ取られて全く人に読まれないパターンだろうと思いました。そこでどうしたら良いかという話です。

それで手っ取り早いのは、何か文学賞で賞を取ることだと思い(笑)、色々と調査。
結果、まず、文学賞には純文学の賞と大衆文学(エンターテインメント作品)の賞があるという事が分かりました。
それで、自分の作品はどちらかと言うと、、、判定が難しい(笑)
震災後の6年を描き、人間の内面も描いた作品ですから、純文学ですよね?でも、、、その6年の間に、ある事件があり、それを追ったりしていて、それがサスペンス物っぽくもあるのです(笑)
それでどっちかなーと考えていたんですが、やっぱりこれは純文学だろうという結論に居たり、そちらの文学賞を調べ始めました。

それで、純文学の新人賞には

文學界新人賞
群像新人文学賞
文藝賞
すばる文学賞
新潮新人賞

の5つがあるということで調査。
しかし、、、

380枚の作品を受け付けてくれるのは文藝賞しか無い!

という訳で、文藝賞に応募しました。
締切は2018年3月末。発表は9月頃です。

気長に待ちましょう。

しかしです。

受賞すれば良いけど、受賞しなかったらどうするの?

と思い、今回のブログで呼びかける事にしました。

来年の9月まで待って、落選してまた一から動いたのでは旬を逃してしまいますからね。

という訳で、出版関係者の皆様。
私の作品を読んでみたいという方が居られましたらご連絡ください。

2017年10月8日日曜日

良寛さんを巡る旅~出雲崎、燕、長岡~

何故か良寛さんに会いたくなって行ってきました。
子供に語る良寛さん。

後ろから。

後ろから2。

綺麗。

実は先日の米沢旅行で上杉鷹山と良寛は同じ時代を生きていたなんて話を聞いたんだよね。

いやその前にも先日の明和義人祭で知り合いのおじいさんに「ここで休んでいきな」なんて良寛ゆかりの休憩所に誘われたのもあった。

そんな訳で興味が湧きました。

2017年9月19日火曜日

【きみさんぽ】米沢観光 上杉謙信、上杉景勝、上杉鷹山、直江兼続、前田慶次を想う

米沢観光してきました。

上杉鷹山公と。扇子を持ってこのポーズがしたかった笑

上杉鷹山公
上杉謙信公。

天地人の上杉景勝、直江兼続。

軍神として名を馳せた越後の虎、上杉謙信。
その息子、上杉景勝はお家騒動の後、豊臣秀吉の命によって、会津藩に移封されます。120万石の加増でした。
しかし、関ヶ原の戦いで徳川家康と敵対したため、お家存続は許されますが、30万石の米沢へ減封されてしまいます。
しかし、景勝は、減封されても家臣をリストラしませんでした。これは一見、美談に見えます。
しかし、そのせいで藩の財政が圧迫。借金も膨らみ破綻寸前に追い込まれます。
そこに現れたのが上杉鷹山公。彼の倹約や産業振興で、何とか藩を立て直す事ができました。

今の時代。このような鷹山公の精神が、再び必要なのではないでしょうか?
身を切る改革の出来ない政治家、役人。鷹山公をみならってほしい。

「為せば成る 為さねば成らぬ なにごとも 成らぬは人の 為さぬなりけり」
である。